☆簡単(*^o^*)書道の歴史☆その2

こんばんは!絃月です。昨日の続きです(*^o^*)

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✳︎平仮名の誕生✳︎

平安中期は男女差別の時代であり、女性は漢字を学ぶことを禁じられた為に、草仮名を簡略化した別名女手と言われる平仮名が生まれ和歌が流行し、かな書道の黄金期を迎えます!平仮名を別名女手、万葉仮名を別名!男手と言います。
鎌倉時代に入って、武家・僧侶が権力を持ち戦国の世となり、書を楽しむ華やかな文化は陰を潜めました。この頃には平安時代の和様と並び、中国と日本の僧侶による『禅様』が盛んになりました。他にも流派として『法性寺流』が流行しました。

【注】法性寺流(ほっしょうじりゅう)は、藤原忠通を祖とする書道の流派の一つ。小野道風藤原行成などの和様で優雅な書風に、雄渾さを加えた書風。

鎌倉時代天皇より『宸翰(しんかん)』と呼ばれる書風が生まれました。

【注】宸翰(しんかん)は、天皇自筆の文書のこと。

また、漢字に『かな混じり』の文章が一般的になりました。

南北朝時代になると和様に中国の影響を受けた宋風文化が盛んになります(*^o^*)

✳︎諸流派の誕生✳︎

室町時代になると藤原行成の流れをくむ色々な流派が生まれ、型にはまった書が多くなり、床の間に飾るなど書を鑑賞することが一般的になります(*^o^*)
宸翰様の後を受けて、江戸時代まで日本書道の中心となった尊円法親王による『御家流』が生まれます。

【注】御家流(おいえりゅう)とは、身分の高い家において伝承される流儀。

禅様の流れが唐様として受け継がれ盛んに書かれるようになり、全国に寺子屋が設けられ、

おもに御家流が習われました。

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江戸時代に入ると、

御家流が公用書体に採用されて、庶民にも広まりましたが、明治時代に入ると唐様が盛んになり宮中府中の文書は唐様で書かれるようになりました。1900年に入って小学校令施行規則が発足され、平仮名が『ん』を含め48字に決められました(*^o^*)

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