☆百人一首で仮名を練習する前に❷☆

 ✳︎百人一首(*^o^*)歴史その2✳︎

絃月です。

昨夜に続きまして歴史のお話です。

お付き合い下さい(*^o^*)

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百人一首の歴史は『かるた』から始まると言われていますが、カルタの始まりは平安時代に遊ばれていた『貝合わせ』というものだと言われています。「貝合わせ」とは、二枚貝をふたつに分けて、その片方を探すといった単純な遊びですが、やがて宮廷の人々のあいだでは、貝に歌や絵を書いて遊ぶようになります。

これは『歌合せ』といって、いろいろな貝にそえて和歌を詠み、その和歌を競い合うというものでした。やがて、それと似た絵合わせをする『貝おおい』という遊びが進歩して、『歌貝』というものに発展します。『歌貝』では、貝の形をした札が上の句、下の句ともに100枚あって、現在の「かるた取り」と同じように、下の句の札を並べて、上の句を詠んで下の句を取るというものです。この遊び方は、百人一首の歴史からすると、かなり現在の遊び方に近いものですね(*^o^*)歴史を下り 戦国時代の頃になると、百人一首が『かるた』として遊び始められますが、はじめは宮中とか諸大名の大奥などで行われ、それが年間行事となったようです。

この時代の『かるた』は、まだまだ庶民の間では馴染みの薄いものでしたが、江戸時代に入り木版画の技術の発展や南蛮渡来の『かるた』を取り入れることによって、庶民の中に徐々に広まっていきます。

やがて『民用小倉百人一首』などが出版され、元禄時代の頃から一般庶民の間にも広がり、『和歌かるた』と言えば『小倉百人一首』のことを指すようになり、庶民にも馴染みあるものになりました。百人一首の歴史は古いのですが『小倉百人一首』が正月の楽しみとして各家庭でも行われるようになったのは、ずっと後の安政の頃からだと言われています。しかし、現在では正月以外でも簡単に遊べる室内ゲームとして親しまれてるほか、日本の古典や歴史の風情を学ぶうえでも馴染みやすく、身近な資料となっています。最近では『小倉百人一首』を応用した『五色百人一首』というものも現れて小・中学生の間で楽しまれておりますし

坊主めくり』などは誰もが簡単に遊べるので百人一首のファンも多いようですね(*^o^*)

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10月のお題 漢字条幅初等課題!練習中(*^o^*)

【読み 】霜菊は暁に愈好し。

         そうぎくはあかつきにいよいよよし

【意味】霜を帯びた白菊は朝がとりわけ素晴ら

               しい。 

暁の字⁉︎難しい〜〜(´༎ຶོρ༎ຶོ`)