☆pickupして万葉集を描く❶( ^∀^)☆

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みなさん こんばんは(*^▽^*)絃月です!

本日は なんと!

棟方志功館へ行って来ました

青森に住んで10年以上になりますが、、

行った事がありませんでした( ̄∀ ̄)職場のすぐ近くなんでけどね 笑!

 では今夜から万葉集の歌をpickupして描いていきます( ̄∀ ̄)

1 、額田王 の歌pickup!と時代背景

❶熟田津(にきたつ)に船乗りせむと月待てば 

潮もかなひぬ、今は漕ぎ出でな

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✳︎現代訳✳︎

熟田津で船出の時を待っている。
月が出てきて、都合よく潮の流れも良い。
さぁ、今こそ漕ぎ出そう。

 

 この歌が詠まれたのは、「白村江の戦い」の時期です。この戦いは当時の朝鮮半島で勢力を持っていた国々の争いに日本が参戦。
高句麗百済新羅任那の4カ国がありました。この4カ国の争いに日本からわざわざ出兵を参戦しました。
熟田津 愛媛県松山市道後温泉付近にあった港で旅の疲れを癒したのちに再出発する際に、兵を鼓舞し元気づけるために詠まれたと言われています。

❷茜さす 紫野行き標野(しめの)行き 野守(のもり)は見ずや 君が袖振る

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✳︎現代訳✳︎

茜色のあの紫草の野を行き その御料地の野を歩いてるとき 野の番人は見ていないかしら あなたはそんなに袖を振をふらないで


この歌は、額田王と前夫で大海人皇子(後の天武天皇)の有名な贈答歌。
この時、額田王天智天皇後宮に仕えていました。
大海人皇子は皇太弟で、天智天皇の次の天皇になるべき人でした。
「袖振る」というのは袖この時代では呪式であり、恋しい人の魂を自分のほうへ引き寄せることになり、求愛の表現として使われていた言葉でした。
今は兄である天智天皇の妻となっている額田王に、以前の夫である弟の大海人皇子が隠れて求愛しているという場面を彷彿とさせる一首です。この後、この兄弟は対立し、古代最大のクーデターである壬申の乱へと発展していきます。そんな事情をもつ2人の三角関係が疑われる歌ですので、古来からさまざまな解釈がなされてきたようですねぇ!(〃ω〃)f:id:gengetukurumi:20171216222637j:image

 ですが!最近では宴の戯歌だったという説が有力とされてます。

さてさて、、

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 『青森県出身の世界の棟方志功』描く絵や版画はとても個性的でとても驚かされますが!

『二菩薩釈迦十大弟子』シンプルで素敵でした

ちなみに、、

『棟方☆繋がり』ですが( ̄∀ ̄)『宗像☆大社』

お土産をいただきました!ありがとうごさいます(*^▽^*)

宗像大社は、福岡県宗像市にある神社。

日本各地に七千余ある宗像神社、厳島神社、および宗像三女神を祀る神社の総本社。

また、あらゆる道の神としての最高神、貴の称号を伊勢神宮出雲大社に並び持ち、道主貴と称されます(*^▽^*)

神社の御守り本当にありがとうございます

 車の運転にはくれぐれも注意致します!